生命とは何か/シュレディンガー
- 2026.08.13
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夏休みと言えば読書感想文。ということで。
少し前に「シュレディンガーの猫を正しく知ればこの宇宙はきみのもの」という本を読んでいて、まあそれはちょっと眉唾なところも多いのでスキップして、でもシュレディンガーという人が気になり。。
名前は聞いたことがある物理学の重鎮ボーアから嫌がらせ?をされて嫌になって物理学から離れてこんな本も書いた(雑だ)みたい。けど生物学の発展にはすごく影響があってDNAの二重らせん構造の発見なんかにも影響しているようだ。
シュレディンガーは量子力学という学問の始まりの重要人物の一人で、でも生物学とは全く断絶した状況。つまり量子の特徴と細胞や遺伝子の特徴を関連させて議論するなんてことは全くなかったような時代にそれをやった。
一般人向けに書かれた内容だから読めるのだけどそれでもやっぱり簡単ではない。
多分、シュレディンガーの最大の驚き、本書を描いた理由は、遺伝子というのはすごく小さくて量子力学的?にいうと安定的であるとは思えないものが、なぜこれだけ(突然変異はあるにせよ)安定的に受け継がれて生命というものを生んだか?だろう。
原子って僕らが想像する以上に小さくて、いつもランダムに飛び回っていたりして、その性質を観察するのは、例えば100万人いる人間が、平均的にいうと北に時速1キロで進んでいる。という状況なだけであり、個々に見れば南や東に向かっている原子もかなりある。でも結局その原子たちが集まって細胞や遺伝子ができるのだけど遺伝子って細胞のごく一部の中にとんでもない情報量が入っていることから分かるようにかなり小さくて、原子にそれなりに近い。だから上記の意味で安定した性質?というのかを示すはずがないとも考えられるようだ。だけど、例えばタンパク質にもいろんな種類があるけどちょっと熱を加えたくらいで似たタンパク質に変化しないのは「閾値」という変化するために乗り越えないといけない高い山があるから。だから遺伝子も、そんな個々には不安定な原子でできている影響を受けそうだけど、安定していられる。みたいなことかな。
量子力学の話で「飛び飛びにしか観測されない」みたいな話をよく聞き、何だそれ??とずっと思っていたのだけど、タンパク質にしたって、組み合わせは「飛び飛び」でしかないし一個だけ炭素原子を外してみて、、なんて連続的な変化をさせられるわけじゃないという意味では「離散的」であるから「安定的」なのだ。逆にいうと「連続的」であったなら「流動的」となり僕らの子供がちょっとずつ僕らと違った生物種になりかねない、ということにもなる。(怖い話)
僕らは全てのものは「連続的」に考えすぎるから、グローバリズムとか、LGBTとか、貨幣経済だってそうだけど全てを繋げることで失ってきたものは大きいと思うし、そもそも上記のように、原子や細胞はみな「離散的」なのだ。
離散的って言葉、普通聞かないよね??でも昔、建築家の原広司(梅田スカイビルや京都駅を設計した)が使っていて「1つ1つが離れて自立しつつも全体としては連帯している」というような意味で、世界の集落の特徴として見出していたこと。
日本だって農業やっていた頃はお隣なんて大きな声でやっと届くくらいの距離とかが普通のことだっただろうし、今みたいにお隣と気配も筒抜けみたいな世界は近代以降の話でしかないのだから、僕らももっと離散的に生きる方が精神的にも良いのだろうw
そして企業や組織に入れば、自分なんてものは溶かして無くすことを求められてきて、今後AI社会の先にはAIという巨大な脳の末端にある小さな細胞の一つ、みたいな存在に人間はなりかねない。まだ細胞として離散的であるうちはマシか?その先はその教会も溶けるような世界は映画やアニメには描かれてるよね。
僕はそんなのは絶対に良くないと思っているからこそ、僕らには「身体」があり、その前に一つの「生命体」でありそれらは「細胞」で構成されでもそれも「原子」でできているという事が何を意味するのか?をちゃんと知っておきたいので、こんな本喜んで読んでおります。