辻惟雄/奇想の系譜ほか
- 2026.08.12
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現代美術家の村上隆さん。youtubeで見ていて作品でなく、話が面白くて聴いていたら、辻さんを師匠だ、と言っていたので気になり。
分かりやすい話で言うと、あの伊藤若冲の大人気は、辻さんが本書などで評価したから。若冲以外に取り上げたられたために再評価された、蕭白、国芳など。
再評価された後からしか状況を知らない僕らには分からないけど、なかなかすごいことだし、そんなもあり村上さんが師と仰いだのだろう。
バラバラと読んで細かな記憶がないのもあるけどご興味あればぜひ読んでいただきたい。
僕は建築をやっているので形を生み出す「表現」とは何かについては常に考えてきたつもりだけど、芸術はその最たるものだ。建築はなんだかんだ言っても、現実的な与条件、敷地や予算や要望や法規制などなど、、によって「表現」になかなか集中できない。
他方の絵画は、平面であるなどの制約はあれど、まあ描きたいことを描けるだろう。だからこそ逆に、なぜ?何を?描くのか?ということが建築なんかよりずっとピュアなはずだ。だからこそラスコー洞窟などに人類が描いたことに対してすごく興味もある。
そしてその再評価された、つまり辻さんが取り上げた作家たちはその「なぜ?何を?」に対する強い思いが特にあったように思う。それが「奇想」という言葉で繋がっているように思う。具体的にいうと、アニミズムや「国土草木悉皆成仏」という概念。洞窟壁画もそうだと思うけど、そこが「なぜ」の部分。そして何をというかいかにというか、結果的に日本の絵や建築にしてもそうだけど「抽象性」を持っていて、西洋が具象の世界からモダンな中小の世界を目指した時にそれを発見して評価した。でもその両者は根本的に違うものだと辻さんは考えているようだ。西洋の方や理論や意図によって削ぎ落とした結果の抽象でしかないが、日本のそれは、単に本来的な感性や思想によるというか。。村上さんがスーパーフラットと言って世界的にすごく売れているらしいことは、日本の日本画やアニメといった、陰影も立体性もない、線画、というそもそもの西洋絵画にはありえないような表現をずっと続けてきて、それが今とても世界に評価されている、ということと繋がっている。
また抽象的といっても、日本の伝統的な工芸品や着物にしてもさまざまなパターンで飾られていて、抽象と簡単にいうことができないような「かざり」それは縄文式土器がとても装飾的であったことにもつながるような、そんなことを書かれている。
と、そんなことを理解できると、村上さんってすごいんだなあとやっと思えたり、辻さんも知らなかったけど、これは日本人必読だ、なんて今更思ったり、日本建築的なあり方がやっぱり日本人本来のものだと思ったり。
雑なまとめなので、ご興味あればぜひぜひ。