機械ぎらい
- 2026.07.03
- BLOG

たまにはサラッと読める新書。でももちろん何か感じるところがあり。。。
本質的にはAIに対する事とかなり共通すると思うが、今年出たばかりの本だがあえて「機械」に焦点を当てている。まあ僕ら世代は買うが若い世代には???かも。
機械についてもAIについても「きらい」と思う人は恐らく、「そんな機能いらんわ」と「なんでそんな使い方に自分を合わせなアカンねん」みたいなところがあるから結果「音痴」になるんじゃないかと思う。
僕もそういう傾向はあるかな。説明書は読まないし複雑な機能は使おうと思わない。
そしてそれを作った人たちはすごいレベルの機械やAIの「達人」なのでそんな「音痴」の人の気持ちが理解できないまま開発をするからそこにまた断絶も生まれ、発売されたが生き残れなかった機械もたくさんあるのだろう。
僕は40過ぎてサーフィン始めて、ショートボードなのもあり、若い頃からやっているいつもいる皆さんに比べたら全然上手くない。(でも自分なりには上達して楽しんでいるし心身にはとても良い)今思うのはサーフィを始めたいならあまり上手い人から教わらないことだと思う。上手い人って、若い頃の勢いでサラッとあるレベルまでいけてしまうので、初心者の基本的なことができないことについて理解できないし乗り越え方も教えにくいんじゃないかと思う。
と、脱線したようで、上記の「断絶」という意味で同じだと言いたかっただけ。
「人間はアンラーニングできない」という文があったけど、「新しい知識を身につける前に、一度身についたやり方を捨てることが重要」。でもそれがなかなかできないから、やっぱり歳をとるほど新しい機械や技術に適応しにくくなる。
たとえば、自転車って乗り方覚えたらずっと体が覚えるけど、もし漕ぎ方の違う自転車が一般化したとして若い世代はすぐ慣れても、恐らく年配者は身に染みついた漕ぎ方が邪魔をしてうまく乗れないだろう。というような意味。
まあそんな意味では社会の変化の中での生き方についても全く同じことが言えると思う。男尊女卑で年配ほど偉いと思っているおじさんはやっぱり死ぬまで上からものを言い続けるのだろう。
僕はそういう父などにすごく違和感を持って反面教師と思って生きてきたつもりだ。若くたって、小学生だって、僕と全く違う世界で10年でも生きてきたら僕が全く知らない世界を知って、感じているのだし、それは自分が50年以上生きてきたからといって偉いわけでは全くないと思う。むしろ何度も絵を塗り重ねて真っ黒になってしまったキャンバスに対して、まだまだ白くてこれからどんな絵でも描けるキャンバスを羨ましいと思うような感性が必要だと思う。
だから価値のない「一度身についたやり方」はどんどん削除して、新しくて価値のあるものであれば、積極的に試してみたいとは思う。けれど、、「そんな機能いらんわ」と感じるものが多過ぎて笑
本書でエレベーターについて結構触れられていた。エレベータができる前はパリとか想像するとわかるけど上の買いに行くほど不便だから家賃も安く屋根裏はお金がない人間が住むようなところだった。でもエレベーターができたために逆転した。
エレベーターなんてものがなければ今の東京はとんでもなく様子が違っただろうし、僕はその方がずっと良かったと思っている。本来高層階は貧乏が住む場所なのだぞ。
機械もAIもそうだけど「作ることができる」から作られてしまい、本当は必要でもなかったものが、必要と思わされ、普及して仕舞えば手放せないものになってしまっている。
「ブルシットジョブ=やる本人にも社会にも必要ないと思われるような無意味な仕事」という言葉を生んだ?ヴィッド・グレーバーは、なぜこんな社会になったのかに対して「私たちが官僚制に、実は『魅力』を感じているのだ」と指摘したそう。人生や社会の「意味」なんて悩まず、言われたまま淡々と日々を過ごす方が楽で良い、ということなんだろう。でもそれは「奴隷」のようなものだ。身体的には自由だと思っていても少なくとも精神的には。
かつて奴隷制と戦って世界を変えてきた多くの力があったように、今度は精神面での奴隷制、機械やAIみたいなものの奴隷状態から解放されるような、きっとそんな運動が世界的に起こるんじゃないか、と思う。
と、サラッと読んだつもりがいつものようにクドい内容になってしまった。