反穀物の人類史

  • 2026.07.14
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なかなか重大な本だと思う。地動説の時代に天動説を唱えた、「チ。地球の運動について」を思い出した。
キリスト教世界観としては、地球が太陽の周りを回っている、なんてあってはならない事だった。
同様に「穀物」を税として吸い上げる国家にとっては、狩猟採集民は野蛮人で農耕民に発展する前段階の存在でないと困るのだ。
農業革命、その言葉が我ら農耕定住民こそが世界を切り開き、発展させたのだ、と言わんばかり。だけど?

僕らが学生の頃は縄文人は未開な存在で、弥生人が発達した存在で今の僕らに繋がった、と習ったと思う。でもご存知かと思うけど狩猟採集のまま長い間文化を発展させてきたことが分かってきた。
学校教育も、さまざまな情報を発する企業活動も、「国家」の下で「徴税」による予算の中で統制されているから、「納税」しない民は当然なんだろうけど落第者として扱われてしまう。
また何千年前の人間の活動が今読み解けるのは、多くを古代の文字が解読できたからだと思うけど、古代に文字が作られたのはざっくり言えば「徴税」の記録のため。
そしてそれは納税できる「穀物」を安定的に生産できる農耕民だからであって、狩猟採集民には納税もなく、採れたものはすぐ食べないと腐ったりするし格差のないフラットな世の中だったらしい。
ただ「遊牧民」って世界史でも国を作ったり大きな役割をして、なぜ?と思ったりしなかったかな?。定住、農耕をベースとする国家には、その国の中で機織りみたいなこともやっていたにせよ様々な資源や他の地域の産物や必要としていたようで、定住民でない遊牧民がその公益を担っていたり、彼らに「みかじめ料」を払うことで他の遊牧民から守ってもらうなんてことも一般的に行なわれていたようなので、定住国家のみが表舞台にいた訳では決してないようだ。

定住国家によって、世界中に神殿やらピラミッドやら素晴らしい都市遺構が残されたけどそれらはそのうち「放置」された。その理由は納税を続けるのが嫌になって逃げ出して狩猟採集、遊牧民などになった。というのが本書に描かれる一つ。
それを納税ベースの「国家」側が記録すると「暗黒時代」になっちゃうんだけどそれは間違っている。皆国家らから逃げて自由に幸せに生き、納税などという記録すべきものや建物を作る、などということが不要なだけだった、と。
またペストなどの病もみんな、人が集まって衛生的な問題から発生し、広まり、一つの都市を根絶やしにさえした。コロナだってその文脈でもある?つまり都市化が正解なんてことはないのだ。

でも狩猟採集民になりたいと思っても、10000年前には世界中に今の静岡県民の数くらいしかいなかったし、2500年前くらいにやっと今の日本人の数くらいが世界中に広がった、くらいらしい。
人類は増え過ぎた。それは穀物のおかげとも言えるし、これだけ人口が増えると穀物に頼らざるを得ない。人類は穀物の中でも育て、収穫し、保存しやすいものを選んでさらに改良して来たという意味では「飼い慣らし」て来たし、それや家畜や犬などもそうだろう。でも著者曰く、毎日それらの世話を続けざるを得ない人間が、逆にそれらに飼い慣らせれているだけではないか?と。表現次第だけど、お互い離れたらどちらも生き残れないだろうと意味ではどっちもどっちだろう。寄生虫というのは宿主がいなければ生きてゆけないという意味では、人間は穀物への寄生虫だと言える、なんて話もある。
家畜動物は飼い慣らされる1万年前より脳が小さくなっているそうだ。そして調べたら人類も同じく10%以上小さくなっていて「自己家畜化」だと考えられているらしい。まあ体力もない現代人が自然に放り出されたらいろんな意味で生きてゆけない。
上記の様々な意味で、もう僕らは狩猟採集民には戻れないけど、それと「資本主義」という飼い慣らしは別(本書にそんなことはふれられてない)。サラリーという餌を与え、守ってもらう代わりに言うこと聞いて働く。それからは逃げられるよw
と言っても多くの人はそうはしないのは、昔も今も、人類だけでなく家畜の中にも「従う」ことに快楽を覚えるから。研究結果でも、自分で判断って脳にとってすごく大変で、従うことで快楽物質が出ると言う裏付けもあるようだ

本書のテーマではないけど僕のいつもの興味としてピラミッドや神殿はなんであんな高度で巨大なものが作れたのか?本書の内容で言えばやはり戦争や売買による「奴隷」ということで、奴隷がそんな高度な仕事をするか?と思ってしまうけど本書に描かれたのは、奴隷と言っても様々な扱いがあり、職人など能力を持った人々は扱いを変えて集められたりもしたという。待遇を高くして競わせることによってそれも可能だったのかも??と思った。

本書の大切なところは帯にあるように、国家の支配下になく税金も払わなかった人々を敢えて「野蛮人」と呼び、彼らは実は恵まれた生き方をしていたのだ、ということ。だが結局は上記のように国家と関わり傭兵のような存在になるなどして取り込まれ、自立できなくなってしまったと言うこと。つまりは穀物が世界を支配してしまったということだからこそ、そうでなかった時代を描き「反穀物」というタイトルなのだろう。
実際国民負担率として、僕らは(というか金持ちがたくさん払ってるのも含めてだけど)働いても半分近くを国に搾取されている。道路や医療や高度な時代とは言え、あまりに「飼い慣らされ」過ぎてはいないだろうか?大量生産される「エサ」で満足させられて。