NEXUS/Yuval Noah Harari /AIの時代を考える
- 2026.01.01
- BLOG

サピエンス全史から4つとも読んできたけど自分の中で最近やっとAIに向き合う機運?になって遅ればせながら読んだ。いつものように中身が濃く重く、名著と言ってよいと思う。
まずAIっていうとYouTubeなどではいかに仕事を効率化したり新たな仕事を生み出して金を稼ぐか?みたいなノリのものが溢れているように思うし、効率化という面では取り組んでゆかねばというところ。イーロンマスクが何かで言ってたけどそのうちアプリなんかも全部不要になってAIだけ相手にすれば済む時代に(完全にはならずとも)近づいて、大きなサングラスかけて設計業務をAIを通じでほとんど進めてしまえる、というのも技術的には遠い世界ではないのだろう。建築という形を生み出すこともある程度任せてしまえたりするだろう。NOT A HOTELはそういう方向?AIが作ったイメージを実現してうことはお金さえあれば難しくないんだろうけど、建築として失ってしまっている大切なものがあると僕は思うし、それはやっぱり生身の人間が生身の経験からひねり出さないと生まれてこない部分があると信じている。つまり合理化できる部分はできるだけしてしまってよいけど、何パーセントかの僕じゃないと生み出せない部分は必ずあるかなと。
「AIはArtificial Intelligence(人工知能)の頭文字だったがAlien Intelligence(人間のものとは異質な知能)と考えるほうが良い」というのはつまり人間の知能をはるかに超え行くだけでなく、人間には全く思いもよらぬ解決法で、人間が与えた目標を達しようとすることもある。そしてその目標のために殺人をすることも厭わないのは当然で、そんな倫理や感情を本来的にもっているわけではないから。そしてAIを開発してきた大企業は自社の業績のために動いてきているだけだし、その重要性に気付いたアメリカや中国やロシアや、敵国を打ちのめすための道具として使おうをしていて、間違っても世界平和なんて倫理は埋め込まれていないのだ。
AIは音声でやりとりしてると感情を持った友人のように感じてしまうけど、100%そのように装っているだけだし話していれば自分に害なんて与えない、と思っていたら大間違いなのだ。
まあ個人的に使っていて痛い目にあうことはないにしても、著者としては今までの人間の歴史やまだ短いがAIのアルゴリズムが起こしてきた問題などから、暴走して人類を滅ぼしかねない力をもつことを伝えることに本書の大半を使っている。僕らはネットを使って何かをしていればアルゴリズムに誘導されているし、それは犯罪でない範囲であればGAFAが儲かり世界を支配する方向にしかならない。アマプラやら有料部分はあるにせよほとんどが無料で使えていることを考えれば、あんな巨大企業がどこから儲けてるのか?不思議に決まっていて、それは単に僕らからデータを吸い取って、アルゴリズムで行動を誘導して、それで儲かるからでしかないのだから。。
つまりは今の時代「データ」が貨幣に負けない価値をもつからなのだけど、貨幣というのは偽物でないという保証があるから僕らも価値を認めるし、偽金は大きな犯罪だ。一方でディープフェイクなど氾濫している中で、偽金同様に厳しく禁止するべきではないか?でもそこはまだ緩いようで、きっと大きな問題になってくるのだろう。
また、AIはコンピューターでしかなく、意識を持てるわけじゃないのに人類に危害を加えたりできるのか?について、人間には主観があり共同主観観念を生み出したように、コンピューターもネットワークで通信することでアルゴリズムに影響を受けあったりするのだから「コンピューター間現実」を生み出しそしてそれは人間には見えないところで大きくもなるので危険になりうる。意識と知能とは全くの別物で、知能というのは目標を与えれば持てる能力でそれを淡々と実現する。意識がないのだから相手の痛みを感じて手加減することないし、そういう意味ではコロナウィルスだって意識はないが知能はある、ということなのだ。
しばらく前に「チ。地球の運動について」というアニメをアマプラでみてとても面白かったのだけど、天動説は異端として処刑されていた時代に、それでもそれに気づいて命を犠牲にしてその「知」をつないだ人々がいて「印刷」という技術が生まれたことで天動説も認められるようになったという、実際の歴史を題材にしたものだけど、つまりは「真実」は教会という「権威」に捻じ曲げられることがあるけど印刷という「情報」を広める手段によって真実に近づくこともあるという。そのあたりは本書にも描かれるのだが、つぎのラジオなどのさらなる大きな情報発信の道具についてはナチスを生んだり、と真実と異なる世界に我々を導いてしまうこともある。そして情報には比較的寛容な民主的な世界と、情報は一極管理すべきだという社会主義的世界が対立を続ける世界で、AI革命はどのように世界を変えてゆくのだろう?
新年早々とりとめのないので真面目に読んでいただけるとは思わないけど自分の頭の整理、ということで。。
産業革命~近代に言われた「人間疎外」というのがさらに大きく深いレベルで人類に降りかかっているように思う。つまり僕ら一個人は単にデータを提供し、アルゴリズムに従うだけの群れの小魚。
「神」に従って従順に生きていた時代と変わらないしAIが神だと思えば良いのかもしれないけど、「自分で考える」ことに気付いて多様な世界を生み出してきたのに、それじゃあとても残念だ、と思う。
教会が正しいわけじゃなかったように、今の社会も僕らを強制する強い「秩序」をもっていて、AIが新たな秩序をつくるだろうし、AIは正しいわけじゃなく間違っているかどうかは人間側がつねに監視して介入を続けない限り、人類が間違った世界に導かれてしまう。
今の風潮、そのうちAIが何でもやってくれる、みたいなのは。大きく間違っていると思う。
最高に優秀な道具として使い倒すべきとしても、痛さや美しさなどは、人間に合わせてくれてるだけで分かるわけがないのだし、間違ってもそこに人格を重ねてはいけないと思う。まあ僕ら人類が人格を失うまでは。。
AIに任せて楽になったその分は、そんな痛さや美しさを感じられる人格を磨くことだと、そのうち変わるかもしれないけど今は思っている。
そしてせっかくだからそんな時代を楽しもうと。つまりAIがあれば済むような、紙の大量の雑誌や資料、今までの仕事のやり方をバッサリと一度スッキリさせて、人間にしかできないことを楽しみ、生み出してゆこう。