鎖国/和辻哲郎

  • 2025.11.30
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戦後間も無く、サブタイトル「日本の悲劇」にあるようにこんな大きな過ちの原因は鎖国である、と言い放ったような書。
大きく評価もされたようだけど、その後、敗戦についての忘却とともに江戸時代や家康が美化される中、取り上げられなくなったからか、たまたま知るまでは僕も知らない本だった。でもとても価値のある本。
鎖国に至るまでの経緯について、キリスト教国が遠い未知の国を目指すところから描かれ、かなりのボリュームなのでその辺りは読み飛ばしつつ、ザビエルが日本に来て以来のことも詳細に描かれている。要点として、日本側はそれをなぜ受け入れたか?については自分たちよりずっと進んだ文明を少しでも取り入れたいからだったし、ポルトガルなどが何故そこまでして日本などに布教をしたのか?については、派遣する国としてはその後に占領する下地を作るためということはあったのだろうけど、実際布教に来た宣教師たちは単に純粋に教えを伝えたかっただけ、というのがとてもよく伝わってきた。そしてだからこそ、権威化してしまっていた当時の仏教を見放して教化されたのだろう。また仏教側も多くの宗派に分かれて敵対しているような中で、宣教師たちはその不備を突きやすかったらしい。
僕は仏教は好きだとたまに書いているけど、その本質が好きなだけで、書いているように、そのような権威、宗派化した教えには嫌悪しかないけれど。
信長に関する比重がかなり多かったけど、信長は叡山焼き討ちをしたように、仏教団を不要なものだと感じていて、キリスト教には多分興味もなかったけど単に新しい文明を少しでも取り入れたくて近づいて、保護もしたらしい。
ただ信長が倒されてしまい、続く秀吉はそんな遠くを見通す目がなく、家康にしても結局徳川の世を守るために、キリスト教を禁じるだけではなく鎖国をしてしまった。そしてその自分から見れば平和で安心だった200年の間に置いて行かれてしまった分を明治以降で無理やり取り返そうとしたから、戦争〜敗戦というう悲劇に繋がってしまった。と。
それについては僕もずっとそう思っていたし、浜松市が家康を推しているのが馬鹿馬鹿しい理由の一つ(もう一つは若い頃いただけだろという)。
著者はそうは書いていないけど、もし信長がもう少し生きていれば、布教は程々にさせておきつつ、新しいものをどんどん取り入れ、国内でそれを消化昇華し、家康のような大平の世の中ではなかったかもしれないけど、あのような敗戦には繋がらなかったのでは?と僕は思う。
まあ歴史にifはないし、先日書いたように家康はすごいとは思うけど、でもどうも家康を持ち上げ過ぎだと思っていたから、興味あればお読みください。

でも、和辻さんは「風土」で描いたようにその国や文明がどこに置かれているかで全く性質が変わるのだから、島国の日本にそれがどこまで可能だったのか??
また結果として西欧ーキリスト教のやり方が世界を征服しているけど、それはただ喧嘩に勝ったからだけであって正しいかどうかとは無関係なので、その辺りも触れて欲しかった。でも1950年という敗戦直後の本のようだから、仕方ないか。

あと、前半の、スペインがインカを滅ぼした?あたりの話として、「すなわちペルーにおいては労働は他人のためであって、自分のためではない。」自分の生活を少しでも良くしよう、自分を一歩でも進歩せしめよう、という態度はここでは許されない。かく個性の発展を締め出された社会には、人間性の発展もまたないだろう」としながらも、神殿、道路、水道などはとても豊かに壮大に作られていた。というのがあって、これも僕の前からの持論に近くて、つまり「自我」が芽生える前でも昆虫が壮大な「巣」を精緻に作るように「導かれる」ように生きていた時代だったのでは?そしてそれの方が今の、自我があることとで悩みや苦しみがある世の中より素晴らしいのでは?と思うけど、それについては不可逆的なので取り戻すことはできないとは思う。
対して、キリスト教は何故そんな世界の遥々考えを「押し付け」に来たのだろうか?と昔から不思議だったけど、おそらく彼らにはまず「個性」があって理性を持って「全体」を作り出して行けると考えるから、その全体を世界に広げればどこまでも帝国主義的になってしまうのだろう。
かたや、僕ら仏教ベースの人間たちは、「全体」の一部として「個」があるだけで、その全体は決して個が作り替えたりできるものではないと思うのだろう。

そして西欧の考え方が制した世界が、最終的?に強大なAI化の流れを生んでいるように思う。きっと個は全体の中に溶かされてゆくような世界になるだろう。
とある学説で、世界は最初は似たようなものから始まり、途中でとても多様に変化するのだけど、最後にまた似たように収束するという。建築でも最初は丸太を組んで草で葺いたようなものから、各地で多様になり、でも現代に至り、どこの国か分からないような建築に覆われだしている。
インカの人々は全体の中に溶けたような生き方に満足していたようだけど、AIで溶かされた我々には満足もクソもないように思う。

と、AIを毛嫌いしていてもただ飲み込まれるだけなので、真面目に向き合うことにしました^-^