経営リーダーのための社会システム論
- 2025.08.11
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タイトルでは正直中身は感じられないけど、何かで紹介されてて買ったけど、色々重たい本だ。
まず「リーダー」の定義が普通に思われているものと違う。
「上から目線のエリート」ではなく、「同格の仲間を作り、互いに巻き込み合い、共に前に進む存在」だ。
その存在が必要な理由は、「システム世界」つまり「安全快適便利」を追求した結果の今の世の中が「生きづらい」世の中だから。
「太古の昔から、人類にとって他者との関わりは生存に不可欠でした。野生動物から身を守り、狩猟で十分な栄養を摂取して、安全に暮らし、子育てもする、これを一人ではできないから、人間は集団生活をする社会的動物になりました。」という前提が100年やそこらでは人間のゲノムを変えることなどできないから「孤独」になるのは当然。
ただ、今更、山の中で不便な生活を集団ですれば解決することはできないから、まずは「仲間」を作るしかない。
そもそも「国家」というのは規模が大きすぎて健全な社会を実現などできない。ルソーは2万人程度の社会を理想として掲げたそうで、確かに中学校区くらいなら誰かのお父さんがどんなお店をやっていて、兄弟がなんとか、とかもちろん全員じゃなくても知っていることで、逆にいうと自分も「知られている」ことによって、自分がその地域の「一員」と感じることができる。そしてその町に問題があり、自分たちでなんとかしなければならない、という意識があれば上記の意味でのリーダーが現れ、問題を打破することができる。
でも権力は「国」が多くを握り、市町村はそれにぶら下がって「人ごと」のように自分で考えることをやめてしまう。
昔は日本も「藩」という単位で、自分たちで考えて自治を行っていたと言えるけど明治維新で日本という国になる過程は、外圧があり戦争があり、外国に負けないための国力のために国として大きくならざるを得なかったし、ヨーロッパでも負けないように国として束になった、という歴史らしい。
つまり国というのは戦争とための道具であり、庶民が健全に健康に生きるための社会を作るためではなかったのだ。
ヨーロッパはまだ、地域的な歴史や価値観を大切にする面が強かったから、安全快適便利、になかなか染まらなかったのに対し、アメリカは他民族国家で、共有すべき強い価値観が希薄だったので、マクドナルドのように、単純に便利で安くておいしければいいじゃん、という社会をいち早く実現し、世界に輸出したし、日本も戦後、喜んでそれを受け入れてしまった。
安全快適便利の裏返しは、あなたは何者でもない国民の一人でしかない。
世界を牛耳る GAFAMなどがなぜこれだけAIに投資して競い合っているのだろう?
そんな先じゃない未来に、鉄腕アトムのような人間より人間的なロボットが現れる。一方で人間性を失った人間が山ほど生まれる。その時にこちらには人間性が残っていたとして、どちらを大切に思えるか?そういう時代になるし、世界の権力者はそんなどうでも良い庶民にはベーシックインカムと、自分の好きな世界を体験できるゴーグルを与えて、それ以上社会に出てこないようにさせた方が、自分たちが無駄に税金を取られなくて済む、と多分考えている。一方のその庶民たちだって、会社に行って嫌な仕事してストレス抱えて、という生活より毎日ゴーグル生活で夢を見続けた方が幸せ、ということもできる。
以上は本書の僕なりの要約なので、僕の意見じゃないし恐ろしい世の中だけど、その到来は否定できないし、そうすべきだと考えるのが新反動主義として、一部の人間はそれが良いと考えているそうだ。宮台さんもずっと否定はしてきたけど、今はある種の共感をせざるを得ない、らしい。
著者たちも言っているけど昭和生まれの「ALWAYS三丁目の夕日」に郷愁を覚える世代の偏った考え方、と今の世代は思うのかもしれない、と。
そんな社会を「世直し」するために上記のリーダーが必要なのだけど、ロールモデルは、まちづくりで有名な山崎亮さんらしい。
一応僕も20年ちょと前に、まちづくりにそれなりに深く関わることがあったのでわかるけど「タイパ」とか頭の片隅にでもあったら絶対できない。むしろタイパなんて言葉が大きく取り上げられているのは、努力して社会を健全にしようなんて気持ちを起こさせないための陰謀かもしれない?と思ってしまう笑
そういう意味でタイトルに「経営」とついていることに違和感があるし、まちづくりはビジネスとして成立しないと思っているし、それができているのは偽善でしかないと思う。つまり自分が生きる共同体で、使命感を感じなければできるわけないと。
「処方箋」などないのだ。足掻いて変えてゆくしかないけど、一人じゃできないから仲間を作れ。そして昔のやり方に戻せば解決するなどと甘い事じゃないから、今のシステム社会のテックをきちんと使って、そして何より、システム社会という強大な敵の正体をきちんと勉強して理解して戦わなければ続かない、と。
まあまとめはそんなところだと思うけど、漠然としてよく分からないよね。。
自分の立場に引き寄せてみると、まず自分が「生身の人間」であることを感じ、周りの人間もそうであることを感じ、生身の人間が作った、と感じられるような食べ物や道具や建物に日々接することで、やっぱ自分も生身な人間だなあ〜と感じること。それによって周りの人間や、もう少し広い世界への思いやり的なものが初めて広がるんじゃないかなと。そのために僕は生身の人間と関わりながら自らの心身を高める努力を(タイパとか言わずに)怠らず、まともな建築を作ろうと思う。