生命の謎/進化論を問い直そう
- 2021.06.15
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建築設計をする身から、生命がいかに洗練?されてきたかにとても興味があったので進化論などそれなりに読んできていて、僕もずっとダーウィン進化論に納得が行かなかったのでとても面白く読みました。
そして、その納得いかなかった部分をとても丁寧に裏付けてくれるような書でした。つまりダーウィンが言うようにバクテリアのようなとても原始的な生命体から、様々なほんの少しずつの変異種が恐ろしく長い年月の中で生まれては淘汰されての繰り返しがとても高度で多様な生命体を育んだ、ということがいくら長い年月であろうと起こりうるわけがない、ということ。またそのバクテリアであっても実はかなり複雑な仕組みでできていて、本来はそれが生成した過程こそが進化の1番の肝なのに、ダーウィン進化論ではそこは全く説明できないこと。少しダラダラ読んでしまったしかなり専門的な内容が多いので具体的には是非お読みください。
そしてダーウィン進化論ではそもそも「生命」を定義づけぬままなのが問題で、著者はそれを「ノイマン型の自己複製機械」と定義づけるのですが、少し分かりやすい表現では、3Dプリンター的なものが自己複製をする(今あるものは形は作れても新たな形を生み出す機能など持てませんね)ような存在ですが、考えてみただけでも恐ろしい存在だということがわかります。でもロボットと生命体を比べればわかりますが、ロボットは壊れても自己補修しないし電源など与えられなければ止まるし、決して子供を産んだりしないけど、それを全てするようなものが、いくら小さくても生命体には備わっています。
雑なまとめですが、それを補強するようなアミノ酸からDNAからの詳しい話が列挙されているので、興味がない人にはくどいと思いますが、それもこれも、ドーキンス様への反論、というとても重たいことをしようとしているからだし、僕はその部分は一通り納得しましたし、ドーキンスは詭弁だな〜と思っていた通りでした。そしてそのダーウィン〜ドーキンスの進化論の裏には科学万能の思想というか、つまり全ては人間の知性で説明できうるという信念が見え隠れしているように思えるのですが、ダーウィンはこう言ったそうです「段階的に進化できないものがあれば、私の理論は台無しになるだろう」。つまり上記のように最初の原始的な生命から、連綿としたとても細かな進化の連続があったから多様な生命体に繋がったはずなので、その連続性がなければ理論は壊れると。でも実際化石やDNAなどの今の研究結果を見てもどう見てもその連続は断絶されているところだらけだそうです。
著者は、確かにくちばしの形とか部分的なことはダーウィンが言ったような進化が起こっただろうけど、もっと大きな分類を作ったような進化はダーウィン論では決して説明できないと言い、その大きな分類はあるとき突然現れたのが現実だし、そもそも原始生命体の発生も説明できないのだから、ダーウィン進化論は出鱈目だし、でも我々はそれを正しいものとして洗脳させられてきてしまっている。と。
で、ではどんな論が正しいと持ち出してくるかと楽しみに読み進めたのですが、「生命はデザインの産物だ」つまり何らかの高度な知性が生み出したと考えるしかないということ。人間ではチューリングという数学者が考えたものがコンピュータの原型を生んだように、生命体というのはDNAもデジタルデータ化できるようにそれを肉体化したものであるので、高度な知性がその仕組みをデザインしたのでなければ生命なんて生まれ得ない、という結論です。でももしどこか遠くの星にいた高度な生命体がデザインして地球に送り込んだとしてもその生命体もまた他の生命体によってデザインされたという連鎖にならざるを得ないのでありえず、結局「神」が登場します。
ここのニュアンスは微妙なのでご自身で読んでいただきたいのですが、人間の「意識」も全く解明されていないように人間にはまだまだ分からない、そして永遠に分からないんじゃないだろうかと言う領域があり、それは「信じる」しかないものでしかないのだとしたら、神、と言う言葉を使うしかない、と言うようなことです。
でもこの落ちは僕はちょっと納得できなくて、以前に書いたように今西進化論が納得できるものだと思っています。
進化とはなにか/今西錦司
でも少し付け加えるとすると、僕は細胞レベルにもある種の意志というか、置かれた環境に対してそれに適したように変化しようとする力のようなものがあるから、シーラカンスのように変わらなくても良いやって生命体や、ある時代に大きな変化が起こればとても急激な大きな進化も起こりうると言うような。そして僕たちの手の繊細な感覚一つとっても、脳が一歩的に操作しているなんてことは無理なわけで、日々指が外界と触れ合うことで、それぞれの部分が主体的に発達をするようなことが起きているんじゃないかと思います。
でもでも戻りますが、人間の知性なんて大したものじゃなくて、もっと大きな力があり、それには決して逆らわずに謙虚に生きることが最も大切だし、そうすれば戦争や環境破壊や、と言うことももっと最小限にできたと信じてます。