犬島、直島、宮島

  • 2009.01.02
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しばらく前の新建築でも取り上げられていた「犬島アートプロジェクト」に行って来ました。20世紀初頭に10年ほどしか使われなかった銅の精錬所跡地の廃虚化していた場所に、環境をテーマとした建築と、アートを配し、生きた場所へと変えようとしていました。
具体的には残された煙突や太陽熱、地熱などを利用し、空調の要らない建築空間をつくっているのですが、ちょっとこれ見よがしな大げさな感じがして(敢えてそうしたのでしょうけど)、環境共生はもっとさりげなく在って欲しいと感じました。
ただ、日本の近代化の中で作られ、そして無用となり取り残されたこのような島がある事に触れられた、という意味では意義のある場所だと思いました。

厳島神社です。
材木が痛みやすかったり、水害などにも遭いやすいだろうにも関わらず、何故海上に??という素直な疑問は誰でも持つと思いますが、島全体がご神体とされ神聖視されていたようで、また浄土信仰による極楽浄土を現したとも言われているようです。
今回、岡山の吉備津神社にも行ったのですが、神社というのは、その成り立ちからして、山や川や海と言った、自然の特に神聖と思われて来た場所に建立されて来たのでしょうし、建てやすい場所に建てやすく建てる、なんていう合理思想からは正反対にあっても当然と言えば当然ですよね。
そんな意味で、必要に応じて作られ、捨てられた犬島とは対照的ですし、人間の信仰心や、心の拠り所を求める気持ちというのがいかに強いかという事を思い知らされます。
また、直島の安藤さんのホテルに泊まり、地中美術館など見てきましたが、15年も昔に行った時より、確かに直島というありふれた島に多くの観光客が、来ていてびっくりしました。でも、福武さんが文化にとても熱心なのは良い事だと思うんですが、なんだか文化が売り物になってしまっているような気がして、犬島も福武さんが仕掛けたのですが、もしこれらが飽きられしまったら、新たな廃虚が生まれてしまうんではないかと感じてしまいます。
それに対して、1400年の歴史の中で、何度焼けても再建され続けてきた厳島神社の存在の強い事。改めて感じます。