憲法改正の話
- 2016.11.02
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訳あって勉強のために読みましたが、そのきっかけとなる会で、ある方が、自民党の憲法改正案が通るような事があれば、今の憲法学者の仕事がなくなる、つまり今までの憲法学では理解できない改正案である、というような事を言われてましたが、その意味が良くわかったように思います。
つまり、今の憲法の思想は欧米型のものであり、それは、彼らがフランス革命なんかを通じて、国家権力が暴走をさせないように国民の権利を確保?するようにできていますが、自民党の改正草案はその根本を否定しようとしているのだと思います。だからでしょうか、その改正についての議論がどうも噛み合ないように思われるのも、そもそも一番大事な根本が上記のように違うから、議論が噛み合うはずがない、とも言えそうです。
そして、何故そんな大切な根本を反転させるような事をしようとしているのか?について、「日本会議」について知ると理解ができましたが、それは、新興宗教の「生長の家」の谷口雅春の思想、「全世界の人類が幸福な人間らしい生活を送るためには神から先天的に首脳者として定められたる日本皇室が世界を統一しなければならないのである。それは日本自身のためではない。全世界の人類の永遠の幸福のために必要なのだ」という侵略戦争も必然としてしまうような強い思想に傾倒した人たちが(今の生長の家は変質しており関わりないようだが)日本会議を動かしていて、そこに安倍さんや安倍内閣の多くの閣僚や、櫻井よしこさんや、とても多くの著名人や一般人が入っていて、神社という最大の宗教団体がそれをバックアップしているようです。また安倍さんは主体的にその思想を持っているというより、日本会議の思想に乗っかっているだけのようです。確かにポリシーなさそうですもんね。
いつぞやの総理も口にした「神の国」つまり日本は天皇のためにあるのであり、天皇を、日本国を大切にすればよく、それが日本国民の幸福であって、国民の権利など百害あって一利無しだ、と、乱暴にまとめるとそんな感じなんだと思うし、それを前提に改正草案を読めば、スラスラ理解ができると思う。
一方で政治にきちんと興味を持たず、選挙にも行かず、クレームばかりつける国民が余りに多ければ良い国にはならないと思うし、消費者の権利が強すぎてクレーム対策に力を入れざるを得なければ、本当に良い商品はできないだろうし、全体のために(それがひいては個のためでもある)個々の権利を抑制するべきだ、という考え方はあって然るべきだし、実際明治より前の日本はそれでうまく行ってたから日本にはその方が向いているんだよ!と言われれば、確かにそれもそうだ、と僕は思ってもしまう。
さて、今後改正に向けて着々と動いてくるはずですが、つまりは、「あなたたち国民に与えた、国民主権や基本的人権という道具を、うまく使えもしなかったし、むしろそれで国が悪くなってしまったんだから、その道具は取り上げますよ」と言われている感じですから、「いやいや、もっと努力してちゃんと使って、日本の国がより良くなるように頑張りますから、返しません!」と国民が団結して声を上げないと、取り上げられるしかないのかもしれません。
本来動物たちは全て、全体のために個がある、のが当然だし、今の欧米型の強い個というのが特殊な例でもありますが、つまりは努力をしなければ成り立たない形式だ、という事ですよね。日本人にはその努力は向いていないのかな?これを機会に真剣に考えないといけませんね。