奥浜名湖畔の家。着工!
- 2026.02.23
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もともとワインと我が家?が縁で長く親しくしている夫妻が急に家を建てたいと言い出して、ちょうど紹介されていたこの土地を紹介したらすっかり気に入られ、という飲みながら話せば何時間でもという、いろんな意味で面白い経緯があります。
そしてこの眺めを環境と眺めをどう生かすか、また建物が出来てきながらご説明いたしますが、楽しい家になります。必ず。
別件で一昨日、家を建てられたい方が来られて我が家でいろいろお話して、できれば設計を依頼されたいので土地探しから協力をお願いしたいとのこと。やっぱりどの土地を選ぶかって、本当に大切。だからついつい魅力的だけどクセが強いから普通の住宅会社では歯が立たないため安くなっているような土地をお勧めして、結果設計や施工で頭を悩ます、といういつものパターンかなあ
一応僕は昔宅建の試験には受かっていて知識はあるけれど、土地価格って学歴社会みたいなもので、いくつかの面で採点基準をいかに高くクリアするか?で高くなる。だから交通の便や日当たりがよくて、建てやすい平らな土地が優等生で高い。でもそんな土地って正直設計する側からは「つまらない」優等生だから。
そしてこの土地は決してその面では褒められないけど、そんなつまらない優等生には絶対に負けない(かつ安い)。
特に僕ら日本人がなぜこういう画一的な価値観を重んじるようになったかは、日本の歴史的な部分、明治から戦争に向かうにあたり、兵隊として国民を育てたかったためでもあり、それがその後の教育にも残ったり、結局そのほうが国家側が楽なので国民はその与えられた「正解」を目指して競争をしてきた。でもAI社会の到来でそんな詰め込んだ知識には何の価値もなくなるので、この日本でさえも大きく変わると思う。というか変わらなきゃおかしい。
ハウスメーカーの家なんて「兵舎」みたいなものだ。自分でものを考えない、判断しないことを美徳とするのだから。
民主主義と一緒で、とことん考えて、選べる権利はあるけど、結局自分では何も考えず大きな声に流されているだけ。
今まではそんな兵隊が世の中には必要だったし特に日本では重宝された面もあるけど、間もなくそんな人間は不要な存在になってしまうのだから。真剣に自分で考える癖をつけていかなきゃいけないと思う。
と、脱線ですが、たぶんまたこの話が続きます。