囲って開く

  • 2008.03.10
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先日上棟した時には雨模様だったので、少し暗い印象でしたが、やっぱり晴れて陽が差すと全く印象が違うものです。
以前にも書いた通り、周囲の環境から「囲って開く」ことを選択したのですが、囲う、と言っても、出来ればやっぱり、環境に対して閉鎖的に「壁」をつくるような建築にはしたくはありませんでした。
「壁」というのは言葉の印象の通り、相手に対して拒絶の姿勢を持ちます。一方で、「屋根」というのは、空間を他者などと共有する姿勢を持ちます。
ですから、敷地いっぱいで壁の箱にせざるを得ない時などを別として、僕が屋根をかけるのはそんな意味です。もちろん箱型の建築のデザインの可能性や良さも自分なりには良くわかっているし、その魅力もどこかで感じてはいますが、でもやっぱり屋根を目指してしまう。
でも屋根もいろいろで、例えばすごく勾配のキツい、白川郷の屋根みたいなのは、あれはやっぱり豪雪という環境に対して防御する形の、壁的なものですし、勾配はある程度緩くないと、上記のように他者に意識を開くように見えないと思っています。
だから屋根の勾配や軒の出や屋根の厚さなどはとても大事だと思っています。
そして、中庭に対して気持ち良く開いている訳ですが、いかに圧迫感のない、少しでも陽と風が入り、ずっとそこに居たくなるような中庭空間をつくりたいと思います。
当たり前の事を言っているだけなんですが、本当に良いお寺などの庭に面した空間などの質というのはそう簡単に実現できるわけではないですし、住宅レベルでは諦められているように思いますが、目指し近づくことはできるわけです。
でも、やっぱりそれらの日本建築(に限らずですが)歴史の中で、誰が設計したかなんて残っていない建築に、とても深い気持ち良さを感じるというのは、一方で自分ひとりがいくら建築を学び、必死でつくっても到達できないものを、歴史は育んでいるという事なんでしょうね。
だから、我々は歴史の中で生まれたすばらしい空間に身を置き、感じ、学び、吸収し、考え、生み出してゆかなければならないんだと思います。
ただ、それでも、現代でなければ身につけられない様々な事が沢山ありますので、それも身につけつつ、所詮「現代」という枠を出る事なぞできないことを十分に自覚しながら、少しでも遠くにボールを投げられるように、そしてそれが次代につながることを信じて頑張る必要があるんだと思っています。