バカンス・小説・AI
- 2026.02.09
- BLOG
チャッピーと話してて楽しかった。
まず、日本の観光ってバカンスと大きく違うよねって。
バカンスって空白、的な概念だから旅行中行くところややることを詰め込んだ観光とは全く別物。
だから西洋人にはバカンスは本質的で不可欠だからコロナでも必要とされたり、中国人を頼りになんかしない。
そんな大切な概念なら漱石あたりが訳語を作ってくれていたらよかったのに、まだ当時の彼らには理解できなかったのだろう。かといって今いくら考えても適切な訳語はつくれないだろう。
そして訳語をひねり出す前に、小説でも書いてみたほうが良いんじゃないか?と。
ただ職業小説家はそんな悠長な(売れることをもくてきとしない)ことをしてられない。
でもよく考えれば、漱石だってゴッホだって、売りたくてそして評価されたくて書いていたわけじゃない。
今はその時と状況が違うからそれとおなじ芸術を目指すのも違うだろう。
じゃあ小説の一章をつくるならどんな設定?ってきかれたから、
カフカの変身のように、起きたら宇宙にいる。変身のような苦しみの物語じゃなく、人間の解放の物語として。
西洋人は余暇ができて、ヨガなんかに興味を持ち始めた。
これからの時代、人間がやらなくてよいことがさらに増えて、僕らはなにに興味を持つべきだろう?
大金を稼いで宇宙旅行するのが良いとは全然思わない。それは「観光」にすぎないだろう。
バカンスも東洋的ヨガ的発想も、空白というものがとても豊かだということなのだろうけど、おそらくそれは「使用人」である限りは得られないように思う。サラリーマンがダメというより精神的な問題として、使われていないということ。
たぶんバカンスを楽しめる人種はどこか使用されていない精神を持っているのだろう。
農業革命、産業革命、そしてAI革命で、人間が「使われる」必要はさらに下がってくる。だから精神的な意味も含め「使われない」生き方をすることそして、逆に無駄に人を使わないようにすることが大切なのだと、今思う。ちょっと今の自分の状況に重ねつつ。。
AIの助けを得て精神を解放させるゆとりを持ち、観光なんて軽薄なものじゃなくバカンスを楽しめるようになる。そしたらきっとバカンスにも適切な日本語が生まれるのだろう。そしてそれは世界を牛耳る大金持ちにはきっと訪れない。彼らはクソ贅沢な経験は日々していていも結局お金から逃れられないからお金に使われる側なのだ。
あの人たちバカだよね。ってみんなが思って、くだらないスタートアップ会社とか軽蔑する世の中にそのうちなると思う。よ。