サルバドールダリ

  • 2009.09.24
  • BLOG


「科学を追い求めた生涯」というサブタイトルが、まあある程度脚色されているのは承知としても、意外でした。
フロイト、アインシュタイン、そして分子や原子というものへの追求から、自らの芸術を生み出していった人生というのは、表面的なシュールレアリズムのダリとは違っていて、知識なんていうのは、常に偏ったものなんだな〜って改めて思いました。
アインシュタインはもちろん、とても深く現代社会への影響は持ちますが、でも僕は前から、20世紀の最大の発見はフロイトの無意識の発見だと、個人的に思っていました。
確かに相対性理論や、分子や原子、量子などなどの研究で、出来なかった事が出来るようになってきましたが、一方では大量殺戮兵器の核兵器も「出来なかった事出来るように」なった一つなのだし、全てが人間を幸せにしていない事は明白だと思います。
でも無意識の発見がひとを幸せにしたかと言われれば??ですが、でも無意識という暗闇の中に何かがある事を自覚できた事によって、以前はただ祈る事しか無かった世界が、もう少し自覚的に生きられるようになったというのは、僕はとても大きな事だったんだと思います。
どちらにしても、表面的には気づかれにくい事ではありますけど、僕の人間観の根っこにあるのは、直接フロイトではないにせよ、それ以降の流れの思想だったりします。
話を戻して、ダリの芸術には、確かにそんな発見の時代を、芸術というもので感じ、伝えた、という大きな力があったと思いますし、だからこそ評価されているんだと思います。そしてそれが芸術の一つの役割だと。
で、ついつい、じゃ建築の「役割」って??と考えてしまういつもの変なクセで、、
もちろん建築にも、芸術的側面があるので、その面では同じ面は間違いなくあります。
でも、ダリが追求した人間の外部にある科学的側面でなく、人間の内面奥深くに潜んでいるものに目を向ける事にこそ、建築には大切な事ではないかと思います。
でも、何故かそれなりに読んで頂いている方がいるからと、こんな固っくるしい事ばかり書いていると、そのうち誰も読んでくれなくなるのかな〜と思いながら懲りない僕でした。