お花見@浜松城公園
- 2014.04.08
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先週土曜日にやりましたが、3年目で、30人近く来てくれました。その後は恒例のわが家での2次会も30人程入ったようで、賑やかで楽しく、ついついハメを外してしまいました^^;
まず、もともとこの花見を始めたのは、例のセントラルパーク構想についてもっと私たちも知って、意見しなければならないから、みんなで使ってみようよ。という所で始まったのですが、僕もそれ以降は散歩したりも含めこの公園に良く来るようになりましたし、やっぱり来てみないと分からない事、感じられない事ってありますよね。
花見の乾杯前に話そうかなと思いつつ、そんな感じじゃなくなってしまったのだけどw、「まちづくり」って言葉の意味というか、「街作り」じゃなくひらがなをつかっている意味は何でしょうか?というのが今でも分かっていない言うか分かっていて目を反らそうとしている行政側があるような気がしてならないのですが、つまりは「街作り」は為政者からの上から目線、「まちづくり」は使用者からの下から目線というか、つまりまちづくりというのは、実際日々使う中で、ふっと感じた事、こうしたいなって思った事を実現したいなって気持が芽生え、それがすぐに大きな力にならずとも、大きな事はできずとも、ちょっとゴミを拾ってみようとか花を植えてみようとか、小さな気持が集まって、いつしか大きな力として実現する、みたいな事が「まちづくり」なんだと思いますし、そういう意味ではこの浜松城公園を含めて、依然としてやり方は「街作り」でしかない。だから僕たちは愛着が持てない。だから「まちづくり」も進まない、という悪循環なんだと思います。
悪循環は放っておいても更に悪くなるだけ。だから頑張って少しでも好循環のサイクルを生んで行かなきゃいけない。なんとかそれが出来ればよいと思うのだけど。。(ここまで面倒な事を乾杯前に話そうとした訳じゃないです)
だから、「気付いたら出来ていた」というのは、もう止めましょうよ。
「きちんと説明や議論の場を作った」なんて建前を言うのも止めましょうよ。
例えば僕の設計という仕事で、「一応説明しましたけど」という事でも施主が理解できていなければそれは説明した事にはならないと思っていますし、税金を使っている以上は同じ気持でやって欲しい、という当たり前の事を言っているのです。
僕、粘着質ですからねw