隠された十字架 法隆寺論 梅原猛

  • 2019.05.01
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やっぱり梅原さんにはとても共感するところが多いので今後も読み続けますが、これは法隆寺が聖徳太子の怨霊を鎮めるために作られた、という論を立てる書で建築をやる自分には特に興味深かったです。

歴史、というのはその後の解釈でしか存在し得ないのは当然として、解釈するために残されたものたちの中でも、特に文字は重要でしょうが、その文字たちを書かせた時の権力者によって都合の良いように編纂されている、というのは今の安倍内閣を見ても、世の中を見渡しても、真実と言えるので、単純に「解釈」をすると、その都合の良い嘘に騙されたままになってしまうし、そんな意味で法隆寺は聖徳太子が建てたということも、学者たちの怠惰によって騙された結果なのだ、と書かれています。

これは僕が思うことですが、法隆寺って現存する世界最古の木造建築、というのはおそらく真実として、でも何故、そうなり得るように作られ、守られ続けたのか?たまたまそんな残るはずもなく、建築設計をやっていればわかりますが、強い思い(設計や施工や材料や使い方)を通してでなければそれは実現されません。

そしてその強い思いこそが、聖徳太子とその一族を残酷に抹殺した、藤原不比等ら、つまりその後栄華を極めた藤原氏たちが、聖徳太子の怨霊を心から恐れた気持ちであったし、法隆寺の門の真ん中に柱が立っている、という他ではあり得ないような事がたくさんあり、それは上記の理由から全て説明ができる、という事です。

確かに神になった菅原道眞(天神)、崇徳天皇などは怨霊として恐れられ、気高く名付けられているけど、生前の名前ではない、という意味で聖徳太子も同じ。

興味深かったことは多いけど、仏像の中でも、弥勒菩薩ってちょっとなんか雰囲気が違う、と思われませんか?梅原さんは「一度死に、おそらくは浄土で再生しているに違いない太子の姿ではないか。その再生の姿として、深い思索の姿、いかにも聖徳太子らしい弥勒思惟像をつくる」そして有名な弥勒像のある寺は、聖徳太子に関係のある寺ばかりだそう、である。

随分厚い本ですが、こんな大きなテーマで、既存の学説が岩盤のようになっているところにこんな大胆な推論をするのだから色々な証拠を論証しているから当然でもありますが、でも全く飽きることがなく読むことができますし、梅原さんは利己心のためにこんなことを言う、その辺のつまらない学者とは全く違い、本当に知的好奇心というのか、強い情熱を持って書かれています。

簡単に語り尽くせるような本ではありませんが、時の権力者の都合の良いように、庶民が洗脳され、歴史にも間違ったことが残り、本当に大切なものが見えなくなってしまうことは、本当に許してはいけないと思わされました。

そして「令和」という時代を迎えましたが、ここにも「和」という文字が入りましたね。梅原さんはもちろん聖徳太子の「和」の精神を否定しているわけでは全くありませんが、その和の精神が、権力者からあなたや一族の命を奪わしめたのではないか?と問いかけてもいます。確かに今の激しい時代に「和」を振りかざしても大きな力にはなり得ないようにも思えます。でも、それぞれの心の中、そして身近な世界で、和=争わず、自分を上に置こうとせず、自分を全体の一部と考える、そんな振る舞いを心がけることから改めて始めるべきなのかな、と自らを省みつつ日々を過ごさなければ、と思います。