日本の難点/宮台真司

  • 2021.10.05
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総裁選終わりましたが、最中にYoutubeでいろんな言論を聞いて頭が混乱して、ちゃんと納得させてくれるものを読みたくて。
政治家も学者も(建築家も形でもって)様々な「主張」をして、それによって社会が動いて行っているわけですが、結果それが良い方向に向かうとは限らないというか、どうもおかしな世界にどんどんなっているのでは、と思う方も多いんじゃないかと思います。頭の良い人たちが努力してその主張をぶつけ合った結果なのに、何故なんでしょうか?
原始社会には今のようなストレスや自殺はなかったと思いますし、長期間安定した社会だったことを思えば、彼らは何か変えなければ、とは思わなかったということで、それを<生活社会>というようですが、そこには宗教や血縁などという、論理以前に従うしかないような強い求心力が働いていて、その中に日々の幸せがあったのだと思います。そして近代以降、その従わなければならない力、つまり自分たちでコントロールできない力、というものが社会のシステム化によって壊され始め、宗教も自然もそして私たち個々人も<システム>の一部でしかない、という認識が広まる(それがポストモダンであると、、)世の中になってしまった。その世の中は、疑問なく従わせる力を失った代わりに、人々の生きる指針として「理想のあなた」という虚像を生み出した。そして「仕事による自己実現」なんていうのもそれだけど、自分たちの存在意義を<システム>に求めざるを得ない状況になってしまっているし、人々はその不安から新興宗教や自己啓発なんかに走らざるを得なくなってしまった。
だから何なの?というところですが、つまり以前は個々人の「居場所」がある地域社会によって与えられていて、あなたがあなたであることをその地域社会や家族などが感じさせてくれていたけれど、今は学校や会社や(ドライな)家族関係、そういうものが「居場所」のようなものは与えてくれているようで、結局、社会が与える「理想」に自分を合わせる努力をすることでしかその居場所も守れない、という感じだと思いますが、結局それは自分のことで精一杯になり、他人や全体を思いやる動機を失わせるしかないから、社会は劣化せざるを得ない、というか。。
じゃあどうしたらこの社会が良くなるのか??宮台さんはご自身のされる社会学を「みんなという想像」と価値コミットメントについての学問である、と定義したいそうですが、また、本当に「スゴイ」人は周りを感染させる力を持っていて、必ず「利他的」だそうですが、全体が進むべき方向を体現する存在というか、チェ・ゲバラもだからカリスマ的にあんなことを成し遂げたのだと言います。そして昔は本気で聞かなければ生きていけなかったけど、次第に本気で聞かなくても良い時代になり、つまりは本気で聞いてもらえない時代になった。関連すると思いますが、警察は公表しないようですが、自殺の多い地域というのは工業団地だそうで、やっぱりなって感じですが、生身の人間から、部品としての人間になり、本気で語り合える相手がいなければ、「自分」なんて空虚にしか思えないでしょうね。。
そして政治の話に戻ると、そんなポストモダンな時代には政治の正統性(正しく信頼できると感じられる)が失われるため、市民参加や住民投票などが求められる風潮になるけど、それは体制側にも好都合なのでうまく利用されるだけで、裁判員制度もかなりダメなものだそうです。つまり、「あなたの一票」を行使させればあとは好きにやられてしまうので、知識があり中立な判断ができる専門家に頼るべき領域がもっとあるはずだと。僕も本当にそう思いますが、例えば、会ったこともない国会議員を直接選ぶんじゃなくて、近くにいる市議は僕らがしっかり選び、市議が国会議員を選び、その代わりその理由(政策が正しいかなど)をしっかり説明してもらう、という構成にするほうがこの複雑で分かりにくい世の中では良いように思います。
それで、じゃあどうしたら日本が立て直せるのか?については柳田國男を参照するのが重要だそうで、日本においては「近接性ーずっと一緒にいたという事実性」が人々を国家につなげてきて、稲作社会を行ってきたことで作られてきたもので、「祖先の土地を誰が守るのか」「故郷に錦を飾る」という発想を持つことで、国土や風景を守ろうという気持ちが育まれた、というようなことを柳田は重視していた。かといって、昔の農村を取り戻そう、なんていう話では決してないけれど、でもやっぱり国土や風土を守るためにも食料の自給率や自然環境を守るためにも、農業はもっとしっかり保護政策を取るべき(今は農協を保護しているだけだからそうではなく)だし、柳田がやりたかったことだと。
そして農業に限らず、良い商品などに報いるような消費行動を皆が取ることで社会が変革して行くことができる、と、まあちょっと地味に聞こえる内容ですが、この世界をこんな風にしてしまったのは「消費」だと思いますし、それに対する個々人の態度をほんの少し改めるだけで世の中はずっと良くなると思います。でもそれを避けたい大きな力があるわけで難しい。。
だからこそ、ゲバラ(キューバ人でないのにキューバ革命に命を賭け、喘息持ちなのに体力の限界を超えて軍行した挙句、行く先々で医師として無償で民衆の病気を治した)のように「このスゴイ人についてゆきたい」と思わせる人間が増えなきゃいけないし、「本当にスゴイ奴に利己的な輩はいない」のだから、スゴそうに見せかけてるけど利己的な輩を見分け、見下して行かなければ、やっぱり世界は悪くなる一方なのだと思う。
そして利他的な人間が生まれるためには、やっぱり守るべき大きな何かを共有できる社会でなければいけないと思うし、この複雑な世の中では、それぞれの分野の専門家がそれぞれの分野の守るべき何かを守ることによって、社会全体を守ることにつなげてゆくしかないと思うから、僕らの世界も含めた、専門家たちの中にスゴイ人が現れ、それを中心にその専門の世界が良い方向に向かってゆかなければいけない(コロナ時代の医の世界とか最悪でしょうが)と思います。
総裁選は盛り上がりましたが、多少でも政治家の皆さんにも利己的でない人が増えるきっかけになれば、と願います。