不道徳な経済学

  • 2023.08.12
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橘玲さんはが訳しただけ、ではなくかなり自由にアレンジしていて読みやすくためになる本。
「擁護できないものを擁護する」例えば麻薬は取り締まるから価格が上がり、それ欲しさに犯罪に手を染めざるを得なくなるので、お酒のように自由にすれば良いし、飲酒や麻薬をしたって他者への暴力的な行為に繋がらなけれ良いだけだ、と。たまたま昨日「孤狼の血」という役所広司さんが刑事の主役で、暴力団と表面上は馴れ合って賄賂もらったりしていたけど、実は市民を守るためにはそういうやり方をするしかないのだ、という事だった、という、なかなか面白い映画を見た。「法律」で禁止するから麻薬も売春も高利貸しもヤクザとつながるしかなくなるけど、それぞれ禁止せず市場原理に任せれば、ヤクザも出番がなくなるし、誰にも暴力的な迷惑なんてかからず、それらを求める人々に健全に?供給される方が良い世の中ではないか?というのが本書のスタンス。
それを「リバタリアン」と言い、マイケルサンデルが流行った頃には耳にした方も多いかな。アメリカでは普通に使われるようだけど、日本では相変わらず保守、革新、とか分かりにくい区分しかしないから僕ら市民の政治的スタンスも育たないのだろう。
そのスタンスではガーシーさんのやったような恐喝的なことも奨励され、つまり個人が誹謗中傷される害より「真実」が自由に世に出ること方が明らかに健全であると。 NHKやジャニーズや総理の右腕?や、まだ巨大な力でそれを押し潰そうとしているけど、それでもその不健全さに世の中もようやく気づき、動き始めているように思う。
またリバタリアンの立場は関税や移民の規制も撤廃ということになる。それによって保護されない国民がいるから今は規制をされているけど、国民だから、外国人だから、という保護主義が結局アフリカなどで飢えたままどうしようもない人々を大量に生み出している、と考えると否定はできなくなる。
他にも多くの興味深い例が示されるが、確かに「擁護できない」と多くの人が思うようなことを擁護していて、それはつまり今のいろんな規制や税金や政策やを行う大きな政府を壊して、「市場原理主義」つまり民間の世界に任せておけば自ら良い方向に軌道修正してより良い世の中を生むのだから、「小さな政府」で国として最低限やるべきことだけを行えば良い、ということ。そこで多くの職を失う人は生まれるが、民間にそれ以上の需要が生まれるから問題ない、と。逆に、「自ら良い方向に軌道修正」なんてやる気もない政府に任せてきたから、年金や医療や問題を大きくし続けているし、天下りやらで太る役人をのさばらせているだけ、である。

と、本書にも書かれているが、なかなか簡単に受け入れ難い内容ばかりなのだけど、それを拒む「道徳」って今生きている日本人の中に不利益を受けて生活に苦しむ人が出るから、程度のものでしかなくて、まだ生まれていない日本人や外国人から見たらそれらは「不道徳」でしかないのではないだろうか?
そんな革命のようなことが実現できるとは思わないけど、少なくとも今の行政のやってることの無駄の多さ、結果としてそれが国民の利益につながっていないことは明らかだし、東京五輪も大阪万博もやらなければよかった、という結果にしかならないと思うのに、なんでああいうことを推し進めるのか?について、身近なところからでも少しずつブレーキをかけさせてゆかないといけないと思う。
もしくはどうしても必要な政策ならば、全ての情報を堂々と開示できるはずなのに、隠すんだから、やっぱり「無駄」だと分かってらっしゃるはずなのだ。

もっとみんなが生き生きと前向きに生きられる世の中は実現できる!と信じることが大切だと思う。