ニセモノ師たち

  • 2013.06.13
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最近うちに陶器が増えつつあり、色々探すとどうも新しいものに惹かれず、古いものばかり買ってしまっていて、、という流れで読んでみたのですが、元々「骨董」なんて言葉も、この中島さんもアヤシイものだし近づく気持なんてなかったのですが、、読んでみてなかなか面白かったです。
僕らが「アヤシイ」と思うのは、「ニセモノ」が出回ったり、やたら高額な値段で掴まされてしまったりという話を聞くからだと思うのですが、その理由は、本物の骨董品というのはもちろん減りこそすれ増やす(つくる)ことは出来ず、骨董商にも生活があるので、本当に目の効く骨董商は、ほとんど見分けられないレベルのニセモノをつくることが出来ちゃうそうなんです。
また、ホンモノを売るより、ニセモノを売る方がずっと儲かるから、でもそれは業界内の暗黙の了解のように、誰もお互いに脚を引っ張ったりしないそう。。恐いですよね。
また、鑑定士なんてのは、お金もらうから悪い鑑定なんか出来ず、かなり嘘に近い(けどグレーに濁す)鑑定書を平気で書いたりもするらしく、むしろ鑑定書があるものこそニセモノだったりするらしい。
そこで、ホンモノと、すごく良く出来たニセモノを見分ける方法は?というと、何となく不自然な感じがする、かどうかだそうで、でもそれが出来るようになるには、本当の名品を(中途半端なものに関わるより先に)沢山見ることだ。というから、簡単にできるこっちゃない。
ということで、そんな高価な骨董品を自ら持とうとかいうのは(庶民は)やめた方が良いということだと受け止め、まあ僕は後悔しない程度の金額のものを、それがいつ作られたとかいう能書きや作家ものじゃなくT、自分が欲しいな、と思うものだけを手に入れるように、今のところしています。
でも前から「目利き」という言葉は今の時代になって増々重みを増しているというか、目の効く人が余りにも世の中に少ない(失礼)と感じるので、僕も、もちろん陶器だけでなく色々な面で、目利きとして生きてゆきたいなあと。そのためにはやっぱり良いものを見て、実際近くに置いて、使ってみなければいけないなあと、買うことに対して正当化をしていますw
でも、単純に読み物として面白かったですよ。骨董商って結構裏の世界でドキドキするような商売らしいです。