進化とは何か/ドーキンス博士

  • 2015.02.02
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またこっち系ですw20数年前のレクチャーの邦訳がやっと、という事ですが何でこんな良い内容なのに?多分出版社側の理由があるんでしょうけれど、それでも素晴らしい内容でした。

基本はダーウィンで、僕がどうも納得できなかった部分、つまりはいくらとてつもない年月がかかったにせよ枝に本当にそっくりなナナフシとか偶然の積み重ねではとても出来そうも無い事が出来た理屈を丁寧に書いてくれていました。つまりはみんな最初は僕と同じ疑問を持ったという事なのね。
たとえとして、たとえば100桁のダイヤルの鍵をひとつづつ試しながら開けられるかというとそれは不可能だけど、例えばナナフシの進化にしても最初は多少枝っぽかったのが生きるのに都合が良くて、と徐々に積み重ねた、鍵でいうならば、1つのダイヤルが合えば、ドアが本の少し空く、という積み重ねであれば結構簡単に実現できてしまう、という理屈。それはなるほどと思いました。

クモの巣も最初は荒くて役に立ちにくいものだったけど、ちょっと密度が高いものをつくる固体がエサにありつき、それが遺伝として少しでも密度の高い方が有利な事の繰り返しが到達したのはとても美しいパターンで無駄がない巣を全てのクモが作れる状態だったというような。
有名な言い方ですが、「地球上のすべての生物は遺伝子の乗り物にすぎない」というのは、つまり僕らは自分の意志で動いているようでも結局遺伝子が残ろうと僕らを操縦しているに過ぎない、という事ですが、まあ人間は自殺したり戦争したり動物の本能がある種壊れてしまっていますが、本来動物はそうだというのは正しいと思います。
ただそれでも僕の疑問の一つには応えてくれなくて、ダーウィン進化論では、全ての遺伝子が常にある巾で違う遺伝子を生み出し続けてそれが環境の中で淘汰される事で進化というか適応して結果様々な形の動植物が生まれているのだけど、シーラカンスやカブトガニみたいに何億年変わらない生き物がいるというのは説明がつかず、それについてはドーキンス博士も「面白い問題」と述べるに留まっています。そこでやっぱり僕の持論ですが、遺伝子というか身体や細胞自身が常に環境と触れ合いながらそれに合わせようとする能力をもっていて、それが遺伝子にも影響している、と考えるならば、深海のような環境の変化などが少ないところでは進化の歩みも遅く、逆のケースでは(実際あるそうですが)数十年の期間で結構な変化を遂げることもある、という説明がつくと思っています。

でもまあ、進化論って、正しいんでしょうけれど、欧米独特のドライさというか、東洋人や島の人々には感覚的に馴染まない、というか、科学的にはそうかもしれないが、そんな事よりこの自然の偉大さにただひれ伏さなきゃダメだよー。というのが本心だったはずなのにな。と思ったりもします。
まあでも、こういう知識を得る事で、自然というのはとてつもない試行錯誤の中で磨かれてきたものだからこそ、全く人間の思いつきでつくるようなものは足下にも及ばなくても当然だ、と思い知る事ができますし、多くの偉大な技術や芸術がそうだったように、自然に学ぶというのが王道なんだと再認識しました。