泊まってきました

  • 2008.10.16
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前から行ってみたかった山代温泉のべにや無何有に、仕事が一段落ついたので行ってきました。
建築家の竹山聖さんが設計され、コンセプトづくりにも結構関わられていたとの事で、「無何有」というのは荘子が好んだ言葉で、「部屋はからっぽなほどに光が満ちる。何もないところにこそ自由な、とらわれない心がある」というような意味がこめられているそうです。
そんな境地というのは、最近(歳をとってきたからか?)とても良くわかるようになってきていて、また、自分の忙しい時間の合間に、是非そんな空間に身をおいてみたいと思った事もあって、車を飛ばして行ってきました。
そのコンセプトが、細かな建築的なつくりや、料理やもてなしにも浸透していて、それぞれがシンプルな分、味わいが深く、心に素直にすーっと染みてくるようでした。
茶室でお茶を頂いたり、朝、広間でヨガをしたりと、余りできない経験もでき、また料理もとてもシンプルなんだけど美味しかったので、とても気持ちよく過ごす事ができました。
何も新しいコンセプトでは全くなくって、日本の禅の世界のようなもののエッセンスを現代的に現しているといえばそれきりですが、世の中は同じようなコンセプトのものでも、もっと媚びたものが多かったり、結局大衆に迎合しているようなものが多い中で、純粋さを保っているように思います。
例えばテレビや他の必要な小物なども全て家具の中に隠れていいます。
逆にそれらが見えることによって、人間の意識はそちらに向いてしまいがちですが、そこに余分なものが見えないことによって、意識がすーっと透明になってゆくようなそんな空間でした。
僕も最近住宅をつくっていても、是非そんな空間をつくりたい、疲れて帰ってきたひとときを、そんな空間で過ごしたい、そしてつくりたいと思ってはいるのですが、生活というのはいろいろな物が必要とされ、使いやすく配置される事が要請され、結局空間は、様々な機器やもので埋められてしまう、という寂しい事になりがちです。
かと言って、ものを置くのもはばかられるような、そして居ても落ち着かないような純粋すぎる空間は、住宅には決して向かないと思ってはいて、そのバランスが難しいなと思います。
皆さんもせっかく行くなら、ただ豪華で大きいだけの旅館じゃなくて、こんなところで心を洗ってきてください。